NIKKEI Summits Interviews

AI/SUM Speakers: 椎橋徹夫,藤原弘将

2019年03月27日

産業界への適用(アプライ)が急ピッチで進むAI(人工知能)。様々なサービス、商品が登場する中で、AI技術をオーダーメイドで開発・提供する「カスタムAI」を事業に据えるLaboro.AIは、異彩を放っている。ともに技術を学んだ経験とコンサルティングファームで働いた経験を持つ、CEO、CTOのお二人に、事業の狙いとAIが広げる未来について語っていただいた。

AIを産業や社会に普及、浸透させるためには「AIの本質」を捉えることが必要とおっしゃってますが、「AIの本質」って何ですか。

椎橋 : AIは、非連続の技術変化だと思います。AIの実体である「機械学習」が広く実用化されるようになると、従来のITの普及とは異なる新しいデジタル化のフェーズに入って行くと考えています。人がプログラムを書き、ロジカルな処理をしてスピードを早めたり、正確性を高めたりするといったように、人が言葉で明文化できる領域を対象とするのが、これまでのITソフトウエアです。一方、AIではこれまでITが苦手にしていた「直観」や「職人の技」と言われるような、感覚的な領域にアプローチすることが可能になりました。このAIが力を発揮する領域をキーワードで表してみれば、「認識」と「予測」です。一説には、人間の脳で処理していることのうち、ロジカルに明文化できるのは1割程度しかなく、残り9割は知人の顔を瞬時に見分けたり、味の違いを区別したりする直観だと言われます。つまりAIは、ITが担ってきた領域の10倍近くのインパクト持っている可能性があるということだと思います。

Laboro.AIが考える、AIが得意とする「認識」と「予測」の領域と、そのソリューション

藤原 : AIを入れると何でもできると考えてしまう方もいますが、AIは、基本的には「単機能」の集合体だと捉えるのが正しいのだと思います。音声認識や画像認識など、どんなデータを入力し、何をアウトプットするのかは、それぞれ別の技術で成り立っていて、1つ1つ個別に理解しないとAIの本質を捉えることはできません。よく「木を見て森を見ない」というのは悪い例として表現されますが、AIの世界では「木を良く見よ」というのが正しく、そこにAIの本質があると思っています。

Laboro.AIは、カスタマイズされたAIソリューションの提供に力を注いでいますが、それはこうしたAIの本質を踏まえてのことですか。

椎橋 : AIは、国家レベルあるいは地球レベルで経済全体に影響を与える可能性のあるGPT(General Purpose Technology:汎用技術)だと見ています。AIを単純作業など、業務効率化を目的に活用する動きが目立ちますが、AIが根本を変えていくものだとすると、それぞれの産業あるいは企業のコアバリューチェーン、コアプロセスなど、競争力の源泉となる部分に働きかけるものとしてAIを活用する必要があります。競争力には当然、差別性が必要ですので、この部分に汎用的なものを用いることはできません。私たちが対象とする産業は、金融、メディア、小売・流通、製造業、医療・製薬、土木・建設など多岐にわたり、それぞれに固有のコアバリューチェーンがあり、コアプロセスがあります。Laboro.AIは、AIという技術をオーダーメイドで提供するところに特長があるので、クライアント企業と一緒に話しながら、それぞれにジャストフィットするAIをつくり上げていくことを目指しています。

藤原さんはあるインタビュー記事で、「今のAIレベルは、まだ訓練されたプロのレベルには達していない。それを理解して導入を進めないと過剰な期待と過大な失望を生みかねない」と語っていましたね。では、一般企業にとって、まだそのレベルでしかないAIを導入するメリットって、何でしょうか。

藤原 : 訓練された人間を超えるべき必要性がある領域の方が少ないと思っていて、1人の熟練した人間と比べればまだまだ低いレベルのAIであっても、「人をサポートするツール」として活用することで、成果のあがる領域があります。それは、人間が行うには重労働になり、かつ精度が低くてもカバーできる領域です。たとえば、医療現場でのCT、MRT、内視鏡などによる画像診断がそうです。そのすべての工程を医師がやるとなると時間もかかり重労働になってしまうので、AIが最初の粗い診断を行い、最後の判断を医師が下すというコンビネーション。またマーケティングですと、全ての顧客に担当が張り付くのは不可能ですが、AIがある程度の精度でも一人一人に対応できるようになることには価値があるはずです。

一方で、2030年ごろまでにはAIの能力はエキスパート人材の域にまで上がる、とも言ってます。この間、一般の企業はその進化にどう付き合うべきなのか。また、そのハイレベルなAIは、どんな形で社会に実装されていくのでしょうか。

藤原 : AIは基本的に単機能だと申し上げました。AIはデータとアルゴリズムとが個別に組み合わさることで成り立っていますので、現時点で一気に幅広く対応することは難しいものです。今後、この単機能のAIが自ら学習して進化したり、他のAIとコラボして進化したりしながら、エキスパート人材を超えるところまで能力を引き上げていくのだと思います。そう考えると、小さな探索を無意味だと思わず、コツコツ積み重ねていくことが大切なのだと思います。

椎橋 : 各産業、各企業のコアビジネスを変えていくAIは、それを適用する企業自らがイノベーションをリードし、その中からエキスパート人材の域にまで能力が向上したAIが誕生してくると思います。イノベーションを語るとき、業界のアウトサイダーが“破壊的な(disruptive)”イノベーションにより既存企業を駆逐するというストーリーが注目されがちですが、これはインターネット革命の特徴であって、AI革命の起こり方は少し違うのではないかと考えています。AIは既存の産業資産(アセット)を置き換えて不要にするものではなく、既存のアセットと組み合わさって初めて大きな価値を生むものだからです。ですので、AIをうまく適用した既存企業は、それができない企業に対して決定的な生産性の格差を身に付けて業界にイノベーションを起こして行く、こういう道を辿るのではない

かと考えています。

5年後、自分が何をしているか占って下さい。

椎橋 : 5年後は、今進めているAIの適用がひとつの収束を迎え、次のステージに向かうタイミングにあると思います。自分は、その変化にしっかりついていけるよう努力・研さんを重ねていると思いますし、AIが進化し、新しいモデルがまた誕生する、こうしたフェーズを楽しんでいると思います。

藤原 : 最先端のアカデミア領域では、ディープラーニングに次ぐ新しい技術が誕生するような予感があります。言ってみれば、アカデミアでのイノベーションです。その技術の進化、変化を追っていくとともに、Laboro.AIという企業のポジショニングを考えていると思います。

AI/SUMに期待することを一言お願いします。

椎橋 : できるだけ多くの産業、企業の方々に、AIの適用の重要性を認識していただき、実用化に真剣に向き合ってもらえるきっかけになってほしいです。

藤原 : Laboro.AIという会社は、まだ創業間もないスタートアップ企業です。当社の存在を知っていただくきっかけになればと思っていますし、また、最先端のAIの取り組みを吸収してもらえることに貢献できればと思っています